「お母さん、一緒にやらんの?」

 マンションの居間で、小学校高学年の女の子が「シルバニアファミリー」のウサギの人形を手に、母親を振り返った。

 近くで見ていたEさんはそう言われると一瞬、言葉に詰まった。子どもの頃、ままごとで遊んだ経験がない。だから「出来ないって。見てるから」と答えるしかなかった。

 東海地方に住むEさんは30代後半。

 子育てのイメージなんて、何もないですよ。普通が分からない。親にほめられたこともないから、ほめ方も分からないし……。

 両親は幼いころに離婚し、父親に引き取られた。父は怒ると暴力を振るった。「手が痛くなる」と、靴の裏でほおを殴られたことも。夕食はいつもファストフードや弁当だった。

 父は「新しい女の人」を連れてきた。教師をしていたこの女性は「お母さんと呼びなさい」と言い、実母に会いに行くEさんをたたいた。小学生の頃から家出を繰り返し、野宿もした。寂しさから万引きもした。「ずっと何かを求めてた。逃げてたのかな」と振り返る。

 19歳で結婚し、20歳で長男を出産。夫は普段は優しいのに、ふとしたことでEさんや子どもに暴力を振るった。離婚を切り出すと、夫は小学生だった長男に「見とけ」と言ってから、殴り続けた。気を失うまで2時間ほど。殴られる母の姿を直立不動でじっと見ていた長男は、いま高校生。当時の記憶はないという。

 数年後に長女、その翌年に次男を出産。結婚して10年ほどして3人の子どもを連れて、離婚した。

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 母子4人の生活になり、夫の暴力からは逃れた。でも、ごはんの食べ方もえんぴつの持ち方も教えた記憶がない。叱り方も分からず、気がつくと、手が出た。長男を殴り、鼻の骨を折ってしまったこともある。

 長女と次男が小学校低学年の時、児童相談所の職員が2人を連れていった。近隣住民が、虐待だと通報したようだった。1週間、離れて暮らした。

 「いないとずっと涙が出てくる。それぐらい、かわいいの」。でも、近くにいると、うっとうしかった。

 子どもが家にいる夏休みは、パチンコに入り浸った。「子どもから逃げて、放置すれば、怒らないでいられる」と考えた。

 教師には嫌な思い出しかなく、頼れなかった。自分を虐待した継母は教員だったし、大人になって再会した中学時代の担任は「あのときは助けてやれなくてごめん」と言った。苦しんでいたことに気づいていたのに、何もしてくれなかったんだ、と思った。

 長女と次男は、小学校で大きな問題を起こすようになっていた。

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 子どもを虐待する親は、自分も被害者だったことが少なくない。「虐待の連鎖」から抜けだそうと、病院や学校に支えられながら歩み出した家族を追った。


引用元:
子育て、分からない(朝日新聞)