遺伝子を思い通りに改変する「ゲノム編集」の研究が進んでいる。この技術を使った病気の治療や農作物の改良などが期待され、親が望んだ外見や能力を持つ「デザイナーベビー」が誕生する可能性もある。
生命の設計図に手を加える技術を私たちがどう考え、受け入れるのか。北海道大安全衛生本部の石井哲也教授(45)は、科学の進歩の裏で進まない社会的議論を深めようと「生命倫理」の研究を続けている。
元々は全く別分野の研究者だった。大学で農学を学び、1995年に雪印乳業に入社。商品開発などを手がけていたが、2000年に1万人の発症者をだした食中毒事件が起こった。1軒1軒歩いて謝罪に回った。「安全神話」が瞬く間に崩れる現実を目の当たりにした。その後、科学技術振興事業団(現科学技術振興機構)に入り、08年から京都大学のiPS細胞研究所の設立に携わった。そこで転機が訪れた。
■生命倫理巡り葛藤 研究所では、再生医療に望みをかける患者団体の人たちに何度も会った。一方で、多くの幹細胞の実験にも目を通し、女性が選択中絶した胎児の脳を使った研究があることを知った。「女性はどんな心理状態になるのだろう。技術進歩のために、そこまで踏み込むべきなのか」。同意の下と理解はしていたが、葛藤した。立ち止まって深く考えてみたくなった。
13年に北海道大に移り、生命倫理の研究を始めた。研究のほとんどは、机にかじりついて大量の論文に目を通し、分析することだ。講演会や北大で開催されるサイエンスカフェで、参加者たちと生命に介入していく科学について考える。「科学技術があっても、必ずしも良い効果を生むとは限らない」と疑問を投げかける。
■討論の場で裏方に サイエンスカフェでこんなことがあった。「受精卵の遺伝子改変をどう考えるか」というテーマを議論したとき、参加者の3割が「分からない」と答えた。疑問は疑問のまま、答えを出さない。その議論の場こそが重要なのだと感じた。
「ゲノム編集」の技術は急速に普及している。世界中の論文からゲノム編集の研究がどのように進んでいるかを分析し、進んでいない社会的議論を巻き起こすよう提唱する。
例えば、農作物のゲノム編集は、遺伝子組み換えのように規制対象にはなっていない。規制すべきかも含め、まだ議論は半ばだ。
生殖医療への応用に関しては、日本と米国の遺伝子治療に関する学会が今年7月、ゲノム編集の技術で人の受精卵を操作することに「倫理的な問題などについて社会的な合意が得られ、解決するまで厳しく禁止すべきだ」とする共同声明を発表した。禁止したからといって本質的な解決につながるとは思ってはいないが、一歩ずつ議論を進めて行きたい。
「最終決定は『社会』がしていくもの。研究者が答えを出すものではない」。どういったものを社会が認め、どう管理していくのか。生命倫理の視点を提供し、討論の場で裏方になる存在になっていきたいと考えている。
引用元:
いのちの「操作」十分議論を 北海道大安全衛生本部教授の石井哲也さん(nikkei BPnet)