「入ってくんな! てめぇ、口だけだろ」

 父親から虐待を受け、心療科病棟に入院した中学生のAさんは当初、病室に閉じこもった。

 「心のふたが取れた」。医師の新井康祥さん(42)は、こう受け止めた。怒られないように感情を殺してきた子どもが穏やかな環境に身を置くと、ふたをしてきた気持ちが揺れ動く。暴言を吐くのは自分の気持ちが出せるようになり、「毒を出すようなもの」だと。

 看護師らは、怒鳴られれば無理に部屋に入らず、「また来るね」と声をかけて引き下がる。そして翌日、同じように外から「Aちゃん」と声をかけた。徐々に散歩に連れ出したり、マッサージをしたり。

 半年ほどたち、Aさんはようやく虐待を「つらかった」と振り返った。でも、こうも言う。「お父さんが悪いとは、思えないんだよね……」

 「『お前が悪い』と言われ続けると、自分が悪いと思ってしまう」と新井さん。看護師らにほめられても、素直には受け止めない。「うそつけ。思ってないくせに」と嫌がった。

 「ここではお父さんに言ってもらいたかったことを言われるからうれしい」。新井さんに告げたのは、治療を始めて1年余りたったころだった。

 子どもが暴力を受ける小説を読んで「ひどい」と憤り、「お父さんが憎い」と漏らしたのもこの頃だ。父に殺される夢にうなされてきたが、夢の中では反撃できるようになった。


引用元:
父が憎い、口にできた(朝日新聞)