人間の体の細胞の中でも精子や卵子は、子孫を残すために不可欠だ。その精子や卵子を、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作り出す研究が近年、急速に進んできた。
もし人工的に精子や卵子を作製できれば、不妊治療への応用などが期待される。一方で、国の指針は生命倫理上の懸念から、iPS細胞由来の精子と卵子の受精を禁じている。
相次ぐ成果発表
この分野の研究で世界のトップを走るのは、京都大の斎藤通紀(みちのり)教授(細胞生物学)だ。今年7月、人間のiPS細胞から、精子や卵子のもととなる「始原生殖細胞」とみられる細胞を効率的に作ることに成功したと、米科学誌に発表した。
画像の拡大 斎藤教授らは2011〜12年、マウスのiPS細胞から始原生殖細胞を作ってマウスの体内に入れ、精子や卵子に変化させることに世界で初めて成功した。しかし、マウスと同じ方法を人間に応用すると、始原生殖細胞はできなかった。
そこで斎藤教授らは、人間の血液から作ったiPS細胞を、2種類の化学物質で2日間刺激して「初期中胚葉細胞」という状態に変え、さらに別の4種類の化学物質をふりかけた。すると、その4日後に約3割の細胞が、始原生殖細胞とみられる細胞の塊に変化したという。現在、この細胞の塊から、精子や卵子を得るための研究を進めている。
英ケンブリッジ大などのチームも今年1月、人間のiPS細胞から別の手法で始原生殖細胞とみられる細胞を作製したとの論文を発表した。人間のiPS細胞をいったん、万能性が高いとされる、マウスのiPS細胞のような状態に変化させたうえで、始原生殖細胞に変えた。斎藤教授は「この分野の研究は今後、ますます競争が激しくなるだろう」と語る。
まだ高いハードル
人間の始原生殖細胞から精子や卵子を作ることができれば、生殖細胞の性質がより詳しく理解でき、不妊の原因解明や効果的な不妊治療に結びつく可能性がある。
しかし、人間の始原生殖細胞から精子や卵子をつくるには、まだ高いハードルがある。遺伝情報を半分にする「減数分裂」と呼ばれる特殊な細胞分裂を起こす必要があるからだ。減数分裂は精巣や卵巣で起きるが、これを人為的に起こすのは困難だ。
横浜市立大の小川毅彦教授(生殖再生医学)は11年、マウスの精巣を培養して、中に含まれる幹細胞から精子を作り出すことに成功している。しかし、人の精巣を使った実験では、マウスのようには精子はできないという。小川教授は「人の精子や卵子を体外で作るのは難しく、まだかなりの時間がかかる」と話す。
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生命倫理問題で議論
画像の拡大 将来、人間のiPS細胞から精子や卵子が作れた場合、これらを受精させれば「人の生命の萌芽(ほうが)」とされる受精卵になる。受精卵を女性の子宮に移植すれば、赤ちゃんが誕生する可能性があるため、こうした研究には生命倫理上の問題がつきまとう。
iPS細胞は髪の毛や唾液に含まれる細胞から作ることもできるため、本人の知らないところで精子や卵子が作られ、子供が生まれることもあり得る。
現在、人間のiPS細胞やES細胞(胚性幹細胞)から精子や卵子をつくる際は、大学などの倫理委員会で承認を受け、文部科学相に届け出る必要がある。もし精子や卵子が得られても、それを受精させることは国の指針が禁じている。
米カリフォルニア州や英国では受精卵の作製が許容されており、日本も解禁するべきだとの意見もある。これについて、政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍首相)の生命倫理専門調査会が13年9月から検討を重ね、今月9日の同調査会で「受精実験が必要と言える段階に達していない」と結論付けた。今後の研究の進展を見ながら、必要に応じて議論を再開するという。
北海道大の石井哲也教授(生命倫理)は「調査会が方針を示せなかったのは残念。研究の進展に即した倫理的道しるべを提示できるように、早期の議論再開を期待する」と話している。(木村達矢)
引用元:
iPS細胞で精子・卵子の「もと」 (ヨミドクター)