絶対音感という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。一般的な常識とは異なり、絶対音感は訓練で身につけることができるものです。絶対音感とそのメカニズムについて見ていきましょう。


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絶対音感は小さい頃の訓練で獲得できる
絶対音感は、正確には、ある音を単独で聞いた際に、その音の高さを記憶に基づき絶対的に認識する力のことをそのように呼びます。この能力を持っている人は、ピアノの音を聞いたときにそれがドであるとかソであるとかがすぐに分かるのです。

これまで絶対音感を獲得するのは遺伝的な要因か偶然性によることが大きいと考えられてきましたが、今では訓練次第でどんな人でも獲得できるという考え方が主流になってきています。

実際、ある音楽スクールでは3歳ぐらいの子ども1万人ほどが、2年半程度の訓練を積むことによってこの絶対音感を獲得したという実績があります。訓練を積むことによって、5歳であれば90%以上の子どもが、6歳後半ならば50%程度が絶対音感を獲得できますが、8歳を過ぎてしまうと訓練しても獲得できなくなるといいます。

絶対音感を訓練するにはピアノのように決まった音を出せる楽器を使います。バイオリンのように調弦などで音が変化してしまう楽器は向いていません。

絶対音感を身につけるための訓練では、普通の音楽スクールで行うピアノなどでの訓練の他に、数分間の音感訓練を実施します。音を聞いたときに相対的な音程(音の上下方向の高さ、トーン・ハイトという)で比べるのではなく、音名に対応する特有の響き(トーン・クロマという)を聞き分けるような癖をつけさせるのです。

絶対音感を持っていると、例えばオクターブが違う2つのソの音を聞いた場合でもそこに同じ特有の響き(トーン・クロマ)を聞き取ることができます。絶対音感を持っていなければ2つの音は音程の違う音にしか認識できません。

絶対音感に対し、音を相対的な高低(トーン・ハイト)で捉えるやり方は相対音感と呼ばれます。たいていの人がそうであるように、相対音感であって旋律を認識することはできます。しかし、絶対音感を獲得したい場合には相対音感が邪魔になってきます。

というのは、絶対音感では相対音感と違って音を1つ1つ認識することになりますから、脳の中で行われる情報処理としては相対音感よりも効率が悪いやり方だからです。このため、発育の途中の子どもが訓練するのでないと身につけることができないのです。


これを裏付ける例として、自分より上の兄姉がいるなどして知能の発育が早い子どもは絶対音感を身につけにくかったり、逆に知的障害を持っている子どもの場合は9歳でも獲得できたといった事例が知られています。

このように、まだ脳の発達がすんでおらず子どもの年齢が低い時にしか身につかないと言われる能力はいろいろとあり、その分野も言語、運動、数学的な力など多岐にわたります。そして習得の限界となる年齢のことを臨界期ないし感受性期といいます。

この臨界期に絶対音感のような能力を身につけたとしても、それがずっと身についたままとは限りません。臨界期はそうした能力を身につけることができるだけでなく無くしてしまう時期にも当たるからです。3歳から訓練を初めて絶対音感を獲得しても、途中で訓練をやめたたために絶対音感がなくなってしまったり、また訓練を再開して取り戻したりといったことも起きる時期なのです。


絶対音感のしくみとは
最近になってfMRI(磁気共鳴機能画像法)などの技術が発達してきたおかげで、絶対音感のしくみも解明が進んできています。1995年、アメリカの科学誌であるScience誌に、絶対音感を持つ音楽家の左脳が普通の人の左脳よりも大きいという内容の論文が掲載されました。

通常、音楽のように直感や感性に属する情報は感情をつかさどっている右脳で処理されます。しかし、絶対音感を獲得している人の場合は左脳で処理されているというのです。普通、左脳は論理、理性、言語をつかさどっている部分だと言われています。


平成13年に、国立精神・神経センターで絶対音感に関する調査が行われました。絶対音感の持ち主である音楽家とそうでない学生を集めてバッハの曲を聴かせ、そのあいだ脳がどのように働いているのかをfMRIを使って撮影したのです。すると、絶対音感の持ち主では、左脳にある2つの部分が学生たちよりも明らかに機能していることが判明しました。

機能していた2つの部分とは左側頭平面と左背外側前頭前野と呼ばれている部分で、それぞれ言語を処理する働きとものごとを関連づける働きを持っています。このことにより、音を耳にすると同時に音の名前が頭に浮かぶという絶対音感の音の認識を裏付けられた格好です。

また、平成11年に北海道大学で行われた実験では、絶対音感の持ち主をMEG(脳磁界計測法)とよばれるやり方で調査しました。

すると、絶対音感の持ち主が音楽を聴いている場合に活性する左脳の位置は、一般の人のそれよりもおおよそ1cmほど後ろ側にずれているということが判明しました。幼い頃からの音楽的なトレーニングを通じて左脳にある聴覚をつかさどる皮質が鍛えられて面積を増し、そのためにこうしたずれが生じたのではないかと考えられています。

こうしたことから、生まれつき人間には耳にした音に対する絶対的なものさしが備わっていて、耳にした音程をそのまま覚えて区別することができるのではないかとされています。しかし脳や知能が発達する中で相対的なものさしを磨きはじめ、もともと持っていた絶対的なものさしを使わずに音程を区別できるようになっていくのではないかと考えられています。
絶対音感の遺伝子
日本では他の国々よりもピアノ教室が多くあるためか、世界の中でも絶対音感の持ち主が多いと言われています。幼い頃からの訓練によって絶対音感を獲得している人が多いのかもしれないというわけです。

しかしこれとは逆に、遺伝的な性質によって絶対音感を獲得していると思われるような事例も存在するとされています。アメリカのカルフォルニア大学の調査によれば、音楽大学に通う学生のうち絶対音感を獲得している人では親族にも絶対音感を持っている人がいる割合が48%にのぼり、絶対音感のない学生では12%に過ぎなかったという結果が出ているのです。

また、7番染色体上の遺伝子欠失に伴って起きる疾患であるウィリアムズ症候群の患者を調べると、絶対音感の持ち主が多いという研究結果もあります。ウィリアムズ症候群の患者は手先があまり起用ではないのですが、音感に優れていることが多いというのです。

このように、絶対音感は環境や遺伝によって獲得することがあるようですが、はたしてそれを身につけることが必要なのかどうかという点も含め、音楽教育という点からも今後議論になっていきそうです。


絶対音感ははたして必要か?
絶対音感は、音楽を職業としている人の間では全体の5%程度、一般の人での間では1%程度いると言われます。また、作曲家や指揮者といった仕事をしている人の中には相当数いるようです。

絶対音感を持っていると、たとえば音楽大学の入試などで行われる聴音試験には有利になります。また、概して空間認識や数学的な能力が高い子どもも多いと言われています。日本は世界の中でも絶対音感の持ち主が多いと言われている国ですが、絶対音感を訓練しているのもまた日本ぐらいです。

音楽を音楽として鑑賞するためにはむしろ絶対音感は必要ないという意見もありますし、あまり能力が強すぎると生活の中の雑音さえ音の名前で聞き分けられてしまってうるさく感じることもあるといいます。はたして訓練してまで獲得する必要があるのかは何とも言えないところです。


引用元:
絶対音感は、子供のころの訓練次第で身に付く!?(excite)