国立がん研究センターが乳がん治療用核酸医薬TDM-812を開発し、6月30日から同センター中央病院で医師主導治験を開始した。がん治療のための核酸医薬として初の純国産化を目指す。製剤は、手術用局所止血剤の治験を国内外で推進しているスリー・ディー・マトリックスが受託、基盤技術である自己組織化ペプチドを使って行う。

TDM-812は核酸治療薬に分類される。核酸によるがん治療薬の研究は世界中で盛んに進められてはいるが、現時点で承認に至った例はない。今回の発表は、抗がん剤ドセタキセルが効かなくなった乳がん患者を対象としたもの。がん研究所の落谷孝広・分子細胞治療分野主任分野長が発見したRPN2をターゲットにする。RPN2はがん細胞の中で薬剤耐性を担う膜タンパクである。落谷博士は、このRPN2の働きを阻害し、乳がんの幹細胞を特異的に死滅させるsiRNAを開発し、特許も取っている。

核酸医薬の問題点を産官学でクリア
核酸医薬とは、文字通りDNAやRNAを使った治療薬のことで、siRNAは短い2重鎖のRNA。標的とする遺伝子の特定の部分に選択的に結合するよう設計でき、情報の伝達を阻害できる。ただ、RNAの性質上、体内に入ると素早く分解されてしまい、目的の部位に届かない悩みがあった。

TDM-812は、抗がん剤の耐性を生み出すRPN2遺伝子の特定部分と結合し切断するように設計されたsiRNAを、スリー・ディーの開発したペプチド(アミノ酸が複数結合したもの)であるA6Kと混ぜたもの。

A6Kは水溶液に入れると、ナノチューブ状にくるりと巻き、表面はプラス電荷になる。これにマイナス電荷のsiRNAを混ぜると、ナノチューブの表面にsiRNAがくっつき、自然に安定した複合体を形成する。これをがん細胞に直接注射するとsiRNAはA6Kから離れて標的遺伝子に結合する。結合されたRPN2遺伝子は働かなくなるので、抗がん剤への耐性は失われ、抗がん剤が効くようになる。A6Kはアミノ酸なので体内でやがて代謝される。注射によるがん細胞への局所投入なので、正常組織への影響は少なく、副作用も少ない。

前臨床試験で行われた動物試験の中で、特に大型犬に多い自然発症の乳がんがTDM-812の局所投与で治療抵抗性の解除と腫瘍細胞のアポトーシス(細胞死)が見られたという報告がある。ヒトで同様の効果があるかどうかは今後治験の中での確認が必要になる。今回の治験では「安全性に主眼を置くため、抗がん剤との併用を目指している」(落谷博士)という。

医師主導治験1相はがん研中央病院の田村研治乳腺・腫瘍内科長を中心に実施している。予定登録症例数は30例程度とし、2017年末には終了。その後、2相以降は企業治験に移行するかどうかを検討するという。肺がん対象の局所投与や、乳がん、大腸がんの全身投与などへの適応拡大も視野に入れる。

「これまで、がん治療薬としての核酸医薬は、DDS(Drug Delivery System、薬物を必要な部分に届ける仕組み)に決め手がなかった」とスリー・ディー・マトリックスの永野恵嗣会長は言う。それを、日本の産官学連携で純国産技術で解決した。世界初の核酸によるがん治療薬として、TDM-812に寄せる期待は大きい。



引用元:
乳がん治療用核酸医薬、「世界初承認」への道(東洋経済ONLINE)