<母と乳(ちち)>
●目標は1日14回
3日午前9時20分。東京都渋谷区の日赤医療センターにある授乳サロンに、赤ちゃんを寝かせた小さなベッドを押しながら母親たちが入ってくる。入院中の母親に授乳方法をアドバイスするため毎朝開かれる講座だ。出産半日〜1日の人が多く、疲れた様子だが「母乳を早く出せるようにしたい」との声が上がった。
担当の助産師は「飲み方は赤ちゃんによって違うし、母乳がゆっくり始まる人もいる。自分と赤ちゃんのペースだと思って」と語りかけた。
産後の入院は5日前後。同センターは入院中1日14回の授乳を目標にしている。母乳は出産後に自動的には出ず、赤ちゃんに吸われて脳が刺激を受け、分泌が促される。このため出産直後の頻繁な授乳がカギとされる。
6月末に出産した女性(29)は、出産4日目で母乳が出始めた。「授乳指導が厳しい病院と聞いていたけれど、母乳が出やすくなるよう、じっくりマッサージをしてくれて、搾乳も手伝ってくれた。本当にサポートしてもらえた」と話す。出産後はほとんど寝られなかった。「助産師さんから粉ミルクを足そうかとも言われてダメかと思ったけれど、母乳でいけそう」と、ほっとした表情を浮かべた。
●国際機関が認定
出産した施設で十分なサポートを受けられるかどうかは、母乳育児を望む人にとって大きな意味を持つ。だが、同センターのように支援体制が整った施設は限られている。
同センターは、母乳育児を推進する医療施設として、世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)から「赤ちゃんにやさしい病院」(BFH)に認定された。WHOなどは、衛生状態の悪い途上国でミルクを飲んでいた乳幼児の死亡率が高かったことから母乳育児を推奨している。分娩(ぶんべん)後30分以内に母乳を飲ませられるようにする▽赤ちゃんと母親が一緒の母子同室にする−−などの「母乳育児を成功させるための10カ条」を提唱し、実践する分娩施設をBFHに認定する。
日本では、医師や助産師、看護師らでつくる「日本母乳の会」(中野区)が審査する。退院時の母乳育児率や、その後の健診体制も審査対象になる。認定施設は現在、全国で約70カ所で、国内の分娩施設の約3%。認定を受けていなくても母乳育児を支援する施設はあるが、方針を公表するルールはない。分娩施設が限られる地方では、そもそも出産する施設を選べない場合もある。
4月に同センターで第2子の長男を出産した千代田区の会社員、満園幸子さん(37)は「スタッフが頻繁に巡回して抱き方や乳首のくわえさせ方をアドバイスしてくれた。あれだけやってもらえたら、おっぱいをあげることに自信が持てる」と話す。長女(2)は都内の実家近くの産院で出産したが、母子別室で、決められた時間に授乳する仕組みだった。具体的な授乳指導はなく、「初めての出産だったこともあり、これが普通かと思った」。自己流ではうまくいかず、退院後に授乳指導をする助産院を探して通い、母乳が出るようになったという。
●成分が変化
日本の育児は戦後、母乳とミルクの間で揺れてきた。病院での出産が中心になって入院中の母子別室が一般化し、ミルクの市販も広がって、ミルクでの育児が増えた。「ミルクだと大きく育つ」といった宣伝もあったという。旧厚生省の調査で、生後1カ月の母乳育児率は、1960年には70・5%だったが70年には31・7%にまで下落した。
日本もWHOなどの動きを受け、母乳育児の推進に取り組んできた。2001年に始まった健康づくり計画「健やか親子21」の目標に母乳育児率の向上を盛り込み、厚生労働省は07年に「授乳・離乳の支援ガイド」で、適切な授乳支援の重要性を明記した。
母乳育児支援に取り組む群馬県立小児医療センター(群馬県渋川市)の丸山憲一医師(53)は「母乳には、赤ちゃんの消化器官や成長時期に最も適切な消化酵素などの栄養素が入っている」と説明する。産後の数日間だけ出る「初乳」にはたんぱく質が多く、ミルクでは加えられない抗体も含まれている。さらに一定期間を過ぎると脂肪が増えるなど、成長に合わせて成分が変化するという。ただ、「どうしても必要な量の母乳が出ない場合は、ミルクなどで補うのが自然な考え方だ」と指摘する。
また、日本母乳の会は「母乳育児は母子や家族関係の基本」として、授乳を通した信頼関係づくりを重視している。
●できる限りで十分
日赤医療センターの分娩件数は年間約3300件。このうち新生児集中治療室(NICU)に入院したケースなどを除き、母子同室で過ごせた人の約8割が、退院時に母乳のみで過ごしているという。
ただ、母親の持病などによっては母乳をあげられないこともある。また、平均出産年齢の高齢化に伴い、帝王切開や出産時の大量出血が増え、母乳育児をうまくスタートできない例も増えているという。WHOなどは、生後6カ月間は母乳のみの育児を勧めているが、職場復帰などの理由で断念せざるを得ないケースもある。
同センターの笠井靖代・第3産婦人科部長(51)は、長女(10)を生後10週で院内託児所に預けて復職した。当時は産科医不足が特に深刻で、育休を取る選択肢は事実上なかったという。「母乳の良さは十分に分かっていたし、努力もしたけれど、完全母乳にはできなかった」と振り返る。
自宅ではできる限り母乳を飲ませ、「親子で母乳育児を十二分に楽しむことができた」という。自身の経験を踏まえ、「ともすれば、母親は子どものために完璧であらねばというプレッシャーを受ける。思うようにいかないことがあっても、楽しく希望を持って育児をしてほしい」と呼びかける。「ミルクであっても、赤ちゃんに愛していることを伝えられるから」=次回は、母乳育児を強く願い、サポートしてくれる施設を探した女性の話です。
引用元:
母と乳:/2 自分と赤ちゃんのペースで (毎日新聞)