「赤ちゃんの吸う力ってこんなに強いんだ」

 名古屋市中村区の母親(35)は、ことし一月、生まれたばかりの三女(四カ月)に初めてあげたおっぱいに感動した。

 生まれつき胆汁の流れが滞る肝臓の病気「先天性胆道閉鎖症」だった。高校卒業後の九八年に京都大病院で父親(67)から肝臓の一部を移植する手術を受け、拒絶反応を防ぐための免疫抑制剤を毎日飲むのが欠かせない。

 母乳への影響が心配されるため、三女の育児はその後、粉ミルクに切り替えた。誕生直後にちょっとだけ母乳を含ませることができたことは、今も心のよりどころだ。

 結婚したのは二〇〇八年だった。子どもが欲しかったが、妊娠・出産できるかどうかも分からなかった。高校一年から診察を受けてきた三重大病院(津市)消化管・小児外科の内田恵一准教授(49)に相談。学会では既に生体肝移植患者の出産報告があり、内田准教授は笑顔で「産めるよ」と答えた。その言葉に後押しされた母親は、双子の命を授かった。

 一〇年十月、同病院で帝王切開により長女・次女(4つ)を出産。生体肝移植患者が同病院で出産したのは母親が初めて。産婦人科医や小児科医らが話し合い、双子には粉ミルクを与えることになった。免疫抑制剤が母乳に与える影響についての科学的根拠がなかったからだ。

 母親は母乳をあげたい気持ちはあったが、「子どものことを考えたら、あげるのはやめておいた方がいい」と思い直した。

 三女を出産したのは名古屋市内の病院。そこでは産婦人科医から、「出産直後に少しだけなら母乳をあげてもいいのではないか」と言われた。三女は口を半開きにしながら乳首を探し、吸い付いてきた。おっぱいで子どもとつながる幸せは何にも替えがたかった。母親は、「自分の後に続く移植患者のためにも、薬が母乳にどんな影響を与えるのか、もっと知りたい」と話す。

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 一九八九年に国内で初めて生体肝移植が行われてから二十六年。日本肝移植研究会の二〇一一年の調査では、生体肝移植を受けた母親たちから三十一人の赤ちゃんが生まれた。だが、「移植患者が医師から妊娠を止められたり、産婦人科で妊婦健診を断られたりするケースがある」。日本移植学会理事で藤田保健衛生大(愛知県豊明市)医学部臓器移植科の剣持敬(たかし)教授(57)は言う。移植患者に不可欠な免疫抑制剤の添付文書には、妊婦への投与を避けるよう書かれていることが多いためだ。

 国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)で生体肝移植を受けた二十代の母親は、五月に次女を出産。免疫抑制剤を飲んでいるが、本人の希望により母乳で育てている。小児科医らが母乳や赤ちゃんの血液中の薬の濃度を計測し、与えても問題ないと判断した。同センターの医師で妊娠と薬情報センターの肥沼幸(さち)さんによると、「臓器移植後に使われる免疫抑制剤の母乳中濃度は低く、赤ちゃんに与える影響は少ない」とする海外の論文は複数ある。

 剣持教授と肥沼さんらは、臓器移植患者と医療関係者向けの妊娠と出産のガイドラインづくりに取り組んでいる。草案は十月にも移植学会で発表する予定で、同センターと学会が連携して臓器移植後の妊娠・出産例を登録する制度も始める。肥沼さんは「医師が母乳のメリットと薬によるリスクを含め正しい情報を説明した上で、母親自身が母乳かミルクかを選べる環境を整えたい」と話す。 (細川暁子)



引用元:
<母乳ストーリー>臓器移植後に出産 薬のリスクで葛藤 (東京新聞)