染色体異常の難病である「18トリソミー」と闘う乳幼児らの写真展が20、21両日、和歌山市小松原通4丁目の日本赤十字社和歌山医療センター西館1階会議室で催される。約150人の子らが精いっぱい生きる姿を写真と文章で紹介する。患者家族の団体「Team18」が主催して全国に展開。和歌山では初めての開催だ。

 和歌山展はTeam18関西支部代表の三輪雅子さん(43)=和歌山市=が企画。三輪さんの三女・杏果(きょうか)ちゃんは、「部分18トリソミー」だった。

 「羊水が多すぎる」。2012年7月、妊娠9カ月目の検診で告げられ、緊急入院。2カ月後の9月2日に帝王切開で2040グラムで生まれ、そのまま新生児集中治療室(NICU)へ運ばれた。先天性心疾患と分かり、呼吸も不安定。部分18トリソミーとわかった。11月になって初めて一時退院が認められ、自宅へ帰った。

 1カ月余りを自宅で過ごしたが、容体が悪化し、12月21日に県立医大病院へ入院した。13年1月に気管切開手術をし、のどにチューブを挿入し、声を失った。「自由に動ける自分と動きたくても動けない杏ちゃん。自らの娘を傷つけることにも葛藤しました」。1歳の誕生日は病室内で2人の姉や祖母、両親を含め家族全員が祝った。着物を着せ、できなかったお食い初めを知人の写真家に撮影してもらった。

 13年12月24日早朝、三輪さんの電話が鳴った。「杏果ちゃんがいったん心肺停止しました」。大急ぎで駆けつけると、病室はからっぽ。杏果ちゃんは観察室へ移されており、医師らが治療を尽くすもなかなか回復しなかった。大みそか、いつもは事前申請で数カ月に一度しか許されない家族面会も急きょ許された。「暗示しているみたいで怖かった」

 14年の元日、杏果ちゃんは父親に抱かれ、家族全員に見守られながら、1歳4カ月で亡くなった。担当医らが病室にベビーバスを運び、「入れてあげて」と声をかけた。好きな服を着せて一緒に帰宅した。「杏ちゃん、やっと帰って来られたね」

 三輪さんは自身の育児ブログを通じ、東京にいるTeam18のメンバーと出会った。「杏果ちゃんの写真を出してみたら」。その年の7月、新盆を前に家族で千葉で開催された18トリソミー写真展を訪れ、杏果ちゃんの写真を展示した。病院暮らしだった杏果ちゃんが初めて多くの人の目に触れた。「杏果ちゃん、そこにおるで」。メンバーからのなにげない一言が、うれしかった。

 Team18代表の岸本太一さんは「一人で、または家族で、お子さんの障害を思い、天使になられた後の気持ちの整理ができないままでいらっしゃる方も多い。そんなとき、写真展に来たり、家族間でつながったりできれば、少しでも寄りそうことができるのではないかと思う」

 三輪さんは「18トリソミーの子たちだけが特別なわけじゃなく、流産や死産、ほかの病気で悩んでいる方もいるはず。18トリソミーに限らず、病気と闘う子どもを支える方々と直接会って、一人じゃないよと伝えたい」

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 写真展は午前11時15分〜午後4時半(2日目は午後5時)。写真展のほかに、和歌山信愛高校からボランティアの生徒が参加し、障害を持った子らの手形を集めて絵を描く「ハンドスタンプアートプロジェクト」や、小児科の医師との座談会も企画されている。問い合わせは、Team18関西(team18kansai@yahoo.co.jp)。(真田嶺)

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 〈18トリソミー〉 人間がもつ22対計44本の「常染色体」のうち、18番目の染色体が通常の2本ではなく、3本ある先天性の病気。流産や死産となることが多く、生後も成長発達が重度に遅れたり、重症の心疾患などを合併し、長く生きることが難しいという。

引用元:
和歌山)18トリソミー乳幼児の写真展開催(朝日新聞)