平成27年6月16日
国立研究開発法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴)
放射線防護研究センター
リスク低減化研究プログラム Guillaume Vares(ギョーム・バレス)研究員
発表のポイント
•女性ホルモンと放射線の相互作用はがん幹細胞※1の生成を誘導
•がん幹細胞の生成誘導にはmiR-29というマイクロRNA※2の抑制およびPI3Kという酵素の活性化が関与
•がん幹細胞の生成の制御による安全で効率的な乳がんの放射線治療に期待
乳がんの発生、浸潤、転移に関わる過程において女性ホルモンと放射線が相互作用するしくみを明らかにしました。がん治療等のために胸部の放射線照射を受けた女性は、30代のような若年齢で乳がんを発症するリスクが高いことが報告されています。また、放射線による乳がんの誘発には女性ホルモンが関与することが指摘されています。この誘発メカニズムが解明されれば、より安全な放射線治療の実現に向けた道が拓けると期待されます。我々はこれまでに、ヒト乳腺上皮系細胞株(MCF10A細胞)※3を使った研究で、女性ホルモンと放射線が相互作用すると乳がんの起源となるがん幹細胞の生成が誘導されることを明らかにしていましたが、そのしくみはわかっていませんでした。
そこで、MCF10A細胞を女性ホルモンの一種であるプロゲステロンと放射線にさらして、がん幹細胞の誘導のしくみを調べました。その結果、膜レセプターを介したプロゲステロンのシグナルと、放射線により誘導された何らかの細胞情報伝達経路とが協調して細胞内酵素の一種であるPI3Kを活性化すると、miR-29というマイクロRNAの機能が抑制されることにより、がん幹細胞の生成が誘導されることを発見しました(図1、2)。
これらはがん幹細胞の生成を抑えてより安全な放射線治療を提供するための重要な発見であると考えられます。今後、がん幹細胞の生成誘導における放射線と女性ホルモンの相互作用をさらに研究していくことで、放医研で臨床試験中の重粒子線治療を始めとした乳がんの放射線治療の安全性、効率を高めるといった利用が期待できます。本研究はJSPS科研費24710066の助成を受けたもので、成果は、がんの基礎研究分野で反響の大きい論文が数多く発表されている「Cancer letters」に2015年4月21日に掲載されました。
Guillaume Vares, Sei Sai, Bing Wang, Akira Fujimori, Mitsuru Nenoi, Tetsuo Nakajima, Progesterone generates cancer stem cells through membrane progesterone receptor-triggered signaling in basal-like human mammary cells, Cancer Letters (2015)
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図1 MCF10A細胞に対する処理条件毎のがん幹細胞の出現割合
MCF10A細胞を放射線とプロゲステロン(Pg)にさらすと、無処理に比べてがん幹細胞の出現割合が増加します。一方、放射線+Pg処理に、miR-29様物質またはPI3K阻害薬処理を追加すると、無処理と同程度にがん幹細胞の出現割合が低下します。このことは、放射線とプロゲステロンの相互作用によるがん幹細胞の生成には、miR-29の抑制およびPI3Kの活性化が関与していることを示しています。
また、放射線+Pg+PI3K阻害薬処理をした上で、miR-29競合阻害薬を加えてmiR-29の機能を抑制すると、がん幹細胞の生成が誘導されます。このことは、PI3Kの下流にmiR29があることを示唆しています。
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図2 がん幹細胞生成誘導におけるホルモンと放射線の相互作用の想定図
プロゲステロンはホルモンレセプターを介し、放射線により誘導される何らかの細胞情報伝達経路と共同により細胞内でPI3キナーゼ(PI3K)という酵素を活性化します。この活性化がmiR-29というマイクロRNAの機能抑制に働き、その結果がん幹細胞(CSC)の生成誘導が起こると考えられます。
用語説明
※1 がん幹細胞
がん細胞の中に存在する幹細胞としての性質をもった細胞で、自己複製能、多分化能をもちます。がんの予後不良などの原因とも考えられています。また、がんの発生もがん幹細胞に由来するという説もあります。
※2 マイクロRNA
細胞内で遺伝子発現、翻訳調節などに関与する短鎖RNAの1種。血液中にも現れ、発がんマーカーとしての利用も期待されています。
※3 ヒト乳腺上皮系細胞株(MCF10A細胞)
乳がんの発生、進展等の実験モデルに使われる細胞で、増殖性は持つが増殖制御はなされているため、がん化には至っていない正常なヒト乳腺上皮細胞の性質をもつ細胞です。この細胞を使うことにより、がん幹細胞の生成など、がんが悪性化する過程を調べることができます。
引用元:
女性ホルモンと放射線の相互作用による乳がん発症の新たなメカニズムを発見(放医研ニュース)