四月上旬、一七三二グラムの小さな男の赤ちゃんが昭和大江東豊洲病院(東京都江東区)で誕生した。母親(37)は妊婦健診で羊水が少ない異常が見つかり、予定より一カ月半も早く帝王切開で出産した。
赤ちゃんは新生児集中治療室(NICU)に入り、母親は母乳を届けようと搾乳器で乳を搾ったが出なかった。体に母乳を作る準備ができていなかったからだ。
すぐに小児内科の水野克己教授(53)から院内にある「母乳バンク」について説明を受けた。母乳が出なかったり病気であげられなかったりする母親に代わり、提供者の女性「ドナー」の母乳を低温殺菌処理して飲ませる取り組み。母親は提供を依頼し、鼻からチューブを通して少量ずつ一日八回、赤ちゃんに与えてもらった。
生後三日目、母親に母乳が出始め、赤ちゃんに与えられるように。退院前の五月上旬、今度は自分が搾って余った母乳をバンクに提供した。「小さく産んだ上に、母乳が出なくて子どもに申し訳なかった。母乳を譲ってもらい本当にありがたかったので、恩返ししたかった」と涙ぐむ。
母乳バンクは昨年七月、低温殺菌と冷凍保存設備を備えた施設として、水野教授が国内で初めて設立した。早産児の病気予防が一番の目的で、これまで七人の赤ちゃんにドナーの母乳を与えてきた。「免疫成分が多い母乳は、早産児にとって薬のようなもの」と水野教授。母乳は粉ミルクに比べて消化がよく、腸の粘膜を保護する機能もある。腸への血流が滞り細菌に感染することでかかる病気「壊死(えし)性腸炎」を防ぐ効果が期待できる。
バンクへの母乳提供は無償が条件。提供者は血液検査を受け、飲酒や喫煙、感染症で問題がないことを確認する。譲り受けた母乳は、低温殺菌処理をしてから病原菌がいないことを確かめて冷凍保存。保存は最長三カ月で、必要とする赤ちゃんがいれば解凍して与える。水野教授は「高齢出産の増加に伴い早産の赤ちゃんが増えている。母乳バンクがますます重要になる」と話す。
NICUがある岐阜県総合医療センター(岐阜市)も早産児への母乳育児を推進。新生児内科部長・河野芳功(よしのり)さん(59)は「小さく生まれた赤ちゃんほど、免疫成分が多い母乳は命綱になる」と話す。出産直後から母親に母乳を搾ってもらうが、与えられない母親もおり、国内メーカーが開発中の装置が製品化されればドナーの母乳を低温殺菌処理して与える体制を整えたいという。
水野教授が委員を務める厚生労働省研究班は昨年七月、NICUを備える全国百七十九の病院に調査。回答を得た百二十六施設のうち七割以上が「母乳バンクが必要」とした。25%にあたる三十二施設は母親以外の女性から譲り受けた低温殺菌していない「もらい乳」を使用していることが判明。うち二施設では、もらい乳が原因で赤ちゃんがウイルスなどに感染し、体制の不備が浮き彫りになった。
ネット上には、母乳の販売をうたう業者の書き込みもある。「自己判断でもらい乳を利用するのはリスクが高く、絶対にやめてほしい」と水野教授は訴える。
母乳育児が推奨されている。でも赤ちゃんにあげたくてもあげられないと、悩んでいる人も多い。母親たちの思いと、育児を応援する取り組みを随時紹介する。 (細川暁子)
引用元:
<母乳ストーリー>安全な「バンク」のお乳 早産児には命綱に(東京新聞)