産婦人科医 今井篤志氏

 妊娠した女性のほとんどは、安産を願って戌(いぬ)の日に腹帯を締めます。なぜ戌の日かというと、犬に限らず4本足で歩行する動物は、人間に比べてとても安産ですが、十二支の中で人間の身近にいて、出産風景を眺められるのは犬ぐらいだったからです。

 今回は「どうして動物は安産なのか、人間はどうして難産なのか?」を考えてみましょう。4本足で歩行する動物では、赤ちゃんが生まれ出る子宮口は後方を向いています。ちょうど肛門と尿道の間に挟まれた位置です。重力は下にかかりますから、妊娠子宮の重さは肋骨(ろっこつ)と腹筋でしっかり支えられています。

 一方、人間は2本足で歩行するようになったことで、尿道や肛門そして子宮口が下向きになりました。したがって、子宮内の赤ちゃんが脱落しないように、動物に比べて子宮口の組織が硬くなってきました。さらに、妊娠子宮や内臓を支えるために骨盤が大きく頑丈になりました。人間の脳が発達したことで、赤ちゃんの頭の大きさが骨盤の穴の大きさギリギリになっています。

 子宮口の頑丈な組織と骨盤の形のおかげで、赤ちゃんや妊娠子宮が脱落することなく2本足歩行が可能になりましたが、出産する際には邪魔になります。これが人間の難産となる理由です。出産に要する時間は、人間の初産の場合、平均15時間です。サルやゴリラは30分から2時間、犬では最初の赤ちゃんが生まれるまで10〜20分です。

 分娩が始まると、子宮が収縮し、胎児の頭部が子宮の下方に押し付けられ、少しずつ時間をかけて子宮口を広げます。子宮口は筋肉でなく硬い組織でできていますので、水分を取り込みふやけるように軟らかくなります。これを軟化と言います。そして徐々に子宮口が開大します。子宮から子宮口を経て腟(ちつ)まで、直径10センチほどの産道と呼ばれる管ができることになります。

 骨盤は幾つかの骨が寄り集まってできており、中央には10〜12センチほどの穴が開いています。この中を、尿道や直腸そして産道が通ります。赤ちゃんの頭は10センチほどですので、産道を赤ちゃんが通過するのは、まさにギリギリです。ですから、骨盤を構成する骨と骨の結合が少し緩くなり、赤ちゃんの頭が変形しながら、ねじり込むように通過します(回旋という)。母親の骨盤が小さかったり、赤ちゃんの頭が大きくなり過ぎると物理的に通過困難となり帝王切開が必要になります。

 動物では、子宮の入り口は横を向いているため、それほど固く閉じていません。骨盤も背骨と後ろ脚をつなぐ役目だけですから、骨盤の穴には余裕があります。子宮の収縮だけで出産となりますので、短時間で済みます。

 人間は、2本足歩行するようになったことと、頭部の大型化のため難産になりました。日本では出産に医療が介入しますが、出産が成り行きまかせの発展途上国では、出産に伴って母親が死亡する率が日本の100倍以上の国もあります。

(松波総合病院腫瘍内分泌センター長、羽島郡笠松町田代)



引用元:
「2本足歩行」が影響 人間はどうして難産なのか(岐阜新聞‎ )