私は、もともと泌尿器科医として男性不妊症の治療を担当していましたが、現在は理解のある同僚のおかげで米国にて一時的に研究生活をしています。現在私に与えられた研究テーマは、「効率の良い精子の凍結方法」です。

 今や、生殖補助医療において凍結とは切っても切り離せない間柄となっています。その理由は、配偶子(精子と卵子)を凍結保存することにより、適切な時期にその配偶子を利用することができ、患者さん(主に女性)の負担を減らすことができるということがあります。男性が精子を出すのは射精すればよいのですから、女性の卵子を採取するより簡単です。女性が卵子を採取するためには、手術前にホルモン剤などの排卵誘発剤を投与したり、手術で針を刺したりする必要があり、リスクを伴います。

 治療のためにいちいち配偶子を採取するのでは効率が悪いので、採取した卵子や精子、そして受精卵を凍結して保存しておく必要があります。現在では凍結技術が進んでいるため、凍結した受精卵でも十分な妊娠率を得られることが明らかになってきています。

 さて、精子を凍結保存すると言っても、アイスの「ガリガリ君」を凍らせるがごとく、ただ単に冷凍庫に突っ込んでもダメなのです。その理由の1つとして、細胞が凍結する際に、細胞内の水分が結晶化することにより体積が増大し、細胞膜への物理的ダメージが加わることがあげられます。

 凍結時に発生する活性酸素による酸化ストレスも精子のDNAにダメージを与えることがわかっています。そのため、結晶化を予防するために「耐凍剤」という特殊な保存液を精子に混ぜて、液体窒素中に凍結保存する必要があります。

 さらに、酸化ストレスのダメージを軽減するために、カタラーゼなどの抗酸化剤と呼ばれる薬剤を凍結時に使用することにより、凍結〜解凍後の精子の運動率を上昇させ、DNAダメージを軽減させることが実験上では明らかになっております。

 精子は卵子に比べるとたくさんありますし(月に1つしか排卵されない卵子と比べると、精子は多い人なら1ミリリットルの精液中に1億匹以上います)、細胞質が小さいために比較的凍結保存が簡単にできる細胞であるとされてきました。

 ただし、それは精子がたくさん取れる人での話。もしも、精液中に精子がわずかしかいない人や、手術で精巣から精子を採取した場合などは、凍結のための精子が少量しか採取できないのです。生殖補助医療によって受精の可能性を上昇させるためには、少数の精子を保存中になくすことなく、できる限りダメージを与えないで保存する必要があるのです。

 実際、顕微鏡を用いて大きさが10マイクロメートルほどしかない少数の精子を、培養液から探し出して治療に用いるのは大変な努力と技術が必要となります。(わたしはそんな技術などなく、いつも培養士さんに頼りきりになります。培養士さんには頭が上がりません。)

 保存容器、耐凍剤、培養液などを工夫することで、精子を効率良く保存できる可能性があります。私が研究しているのはこのような分野です。

 近年では、精子をフリーズドライ(真空凍結乾燥)して保存できるようになったという報告を散見するようになりました。食品の長期保存に使われるフリーズドライの方法で、動物の精子を保存することが可能となっています。過去の研究を紐(ひも)解くと、10年以上前から報告はあるようなのですが、恥ずかしながら最近知りました。この方法がもっと応用されれば保存方法も簡単になり、場所もコストもとらずに精子が保存できるのです。

 最近の研究では卵子もフリーズドライできることがわかっています。

 お湯をかけたら簡単に具沢山のお味噌(みそ)汁ができるだけではなくて、今や赤ちゃんの元となる精子や卵子までフリーズドライでできるようになっているとは。

 専門家である私すら、なんとも驚いてしまいます。



引用元:
具沢山の味噌汁だけでない!精子もフリーズドライ(読売新聞‎ )