中国の科学者チームは、ヒトの受精卵(ヒト胚芽)を使って、ゲノム(遺伝子配列)を編集する遺伝子操作実験を行ったと報告した。遺伝子が恒久的に受け継がれ得る方法で行ったもので、国際的に大半の遺伝子研究者や倫理学者から強く反対されている方法だ。ヒト受精卵のこの種の実験は世界で初めてとみられる。

 この技術は、「CRISPR-Cas9」という名称で知られており、遺伝子を除去したり細胞核の中にあるDNAに遺伝子を加えたりさせる。DNAを恒久的に変化させる操作で、将来の世代にまで引き継がれる潜在性がある。

 「CRISPR-Cas9」は、他の遺伝子操作アプローチとともに、成熟細胞にある欠陥遺伝子を修復する有望な技術として、より一般的に認識されている。親の継承遺伝子に組み込まれない修復技術だ。しかし先週、中国人研究者チームは、この技術をヒトの受精卵に適用したことを詳細に説明した科学論文を発表した。専門家たちは、ヒトの受精卵への適用は世界初とみている。

 今月18日に「プロテイン&セル」誌に掲載されたこの論文によれば、研究チームはこの技術を不妊治療クリニックから得たヒトの受精卵86個に試した。おのおのの受精卵について、研究チームは遺伝性血液疾患であるベータサラセミア(地中海性貧血症)の原因となる遺伝子の修復を試みた。少数を除くすべての受精卵がこの操作から生き残った。しかし、その後の実験の結果、遺伝子修正は期待された変化を起こさず、遺伝子学者の言う「オフターゲット(標的以外)」効果、つまり副作用をもたらしたという。

 研究チームは、2つの精子を受精した卵子から成長したヒトの受精卵を使った。それは、依然として少数の細胞の集合体のままの段階で死滅すると予想されることを意味するという。



カリフォルニア州ラホヤにあるソーク生物学研究所の研究者ら Joe Belcovson/Salk Institute
科学者や倫理学者たちは、この種の技術の利用の是非について熱く論議してきた。それが細胞のいわゆる「生殖系列」を変化させるからだ。一つの懸念は、ゲノム編集を経由して誕生した赤ん坊が自分の遺伝子構成をコンセント(同意)なしで変更されていることへの懸念だ。さらに将来的な懸念は、ヒトのゲノムの精巧な操作が、特定の特質、例えばブロンドの髪や緑色の目などを持ったデザイナーベビー(親などの望む外見や知力などを持たせるよう設計された赤ん坊)誕生の時代の到来につながりかねないことだ。それは医学的に恩恵をもたらさない特質だ。

 米国にある国際幹細胞研究協会(ISSCR)は23日、中国の研究について声明を発表し、3月に求めたのと同様に研究のモラトリアム(停止)を要請した。ISSCRは「潜在的リスクの広範な科学分析が行われ、それと並行して社会的・倫理的な影響に関する広範な一般討論を行う間、ヒトの臨床的なゲノム配列編集を試みること」へのモラトリアムを求めた。

英国のナフィールド生命倫理審議会のピーター・ミルズ氏も、この技術に対する警戒を呼び掛けた。同氏はその理由として、中国研究者の論文はこの技術が動物実験で機能したほどにヒト受精卵で機能しなかったことが示されている点を挙げ、この技術はこれまで理解されているよりももっと複雑かもしれないと述べた。

同氏は電話インタビューで「それは、(この種の技術を使って)性急に治療に向かうべきでないという一種の警鐘を送っている」と語った。

 中国の研究者たちは、中国広州市にある中山大学(正式名称は孫逸仙大学)や広東省再生医学主要研究所などの研究施設に所属している。23日には研究者たちへのコメント要請の連絡がつかなかった。

一方、これとは別に、米国の研究者グループは23日、実験動物のゲノム編集の利用に関する論文を発表した。成功すれば、最終的にはヒトに対する応用の道が開かれる可能性がある。

研究者たちは、マウスの受精卵の細胞内で「ミトコンドリア」にある不要な突然変異を大幅に減らす編集技術を使った。ミトコンドリアは細胞のエネルギーの大半を供給している小器官だ。この技術は、いつの日かヒトのミトコンドリア病を防止する潜在的なルートを提供するものだ。

 ミトコンドリアは少量のDNA(細胞核にあるDNAとは切り離されている)を含んでおり、母親から子供に独占的に継承されている。しかし、このミトコンドリアDNAの中で大量の変異が発生し、認知症、心臓血管、誕生時ないしの幼児期の死亡など重大な健康上の問題の原因になる場合がある。ミトコンドリア病の治療法は一切なく、母親から子供への変異継承を阻止する限定的な方策があるだけだ。

 この研究論文は、カリフォルニア州ラホヤにあるソーク生物学研究所の研究者を中心に執筆されたもので、マウスの卵子ないし受精卵の中にある有害なミトコンドリアの変異DNAをゲノム編集で排除する技術を説明している。それによって将来の世代への継承を減らすわけだ。研究論文は23日、米科学誌セルで発表された。



引用元:
ヒト受精卵に世界初の遺伝子操作−中国チーム、国際的な物議 (ウォール・ストリート・ジャーナル日本版‎ )