お産を担う産科医不足が県内でも深刻だ。お産ができる県内の施設は5年前と比較して11カ所減っている。安心して産める環境を作るには――。地域の中核を担っていた病院がお産を休止している秦野市では、住民たちが再開を求めているが、産科医が確保できない厳しい状況が続く。
 小田急線渋沢駅前で「ご協力お願いします」と呼びかける声が響き渡った。市民グループ「住みたいまち住みよいまちをつくる会」のメンバーが、秦野赤十字病院(秦野市)のお産再開を願う署名活動をしていた。
 同院は年間約700人が産声をあげ、地域のお産の中心的な役割を担っていたが、2月からお産を休止している。「若い世代が安心して生活できなくなり、地域の衰退や人口の減少にもつながりかねない」と危機感を募らせ、活動を始めた。
 5月に第1子を出産予定の女性(27)も署名した。里帰り出産を決めてから、別のお産施設を見つけた。「早めに探さないといけないという焦りはあった」と言う。女性の母親(57)は「初めての出産で、無事に生まれてくれればいいが、何かあったらと考えると、近くに病院がないのは心配」と気をもむ。秦野赤十字病院までは車で15分だが、次に近い病院は30〜45分ほどかかる。
 会の世話人で出雲大社相模分祠(ぶんし)分祠長の草山清和さん(58)は、安産祈願やお宮参りの参拝者と話すと「次の子をどこで産んでいいか分からない」「病院を探さないといけない」という悩みを聞くことが増えた。
 会は計約6万2千人分の署名を県に提出した。草山さんは「これを機に秦野市で産婦人科医が働きやすい環境づくりを考えるなど、市民が主体的に動いていかないといけない」と感じている。
 秦野赤十字病院は昨年5月、医師の派遣元の昭和大学から「2014年度いっぱいで医師を引き揚げる」と通告された。結局、病院や市、県の働きかけで、4月からは常勤1人、非常勤3人の派遣が続けられる。だが、この態勢ではお産を扱うには足りず、予定日が2月20日のお産で休止された。今年度は妊婦健診や産後のケアなどの外来に限られる。診察した妊婦に他のお産施設を紹介している。
 秦野市も「一日も早く元に戻したいが、これを進めれば答えが出るという『特効薬』がある訳ではない」と頭を悩ませる。再開に向け、同院と県、日本赤十字社県支部の4者で協議を続けている。
 だが自治体の直営病院でないため、「『市民病院的』な役割で要望はしているが、行政が経営に強制力を持っているわけではない」と市の担当者。そうかといって市内に他のお産の施設が潤沢にあるわけではなく、市外を頼らざるをえない状況だ。
 お産の危機は県内各地に広がっている。
 小田原市では昨年、お産を扱っていたクリニックが閉院。市立病院でお産を希望する人が急増した。「このままでは地域の妊婦にも対応できなくなる可能性がある」と、市立病院は1月以降、遠方に住んでいる妊婦の「里帰り分娩(ぶんべん)」の受け入れを休止。市病院管理局は「2市8町のお産の中核的な役割を担っているが、これ以上の受け入れは許容量を超えてしまう」と説明する。
 近隣の松田町の県立足柄上病院は産科医が不足し、正常なお産は助産師が原則対応する院内助産を11年4月から本格的に始めた。
 ■なぜ敬遠 訴訟リスク・長時間勤務 県内でお産ができる施設は減少傾向にある。県の調査によると、09年度には県内で162カ所(病院、診療所、助産所)あったが、14年度は151カ所まで減った。昨年度の調査では、15年度にお産を扱う予定がないと回答したのは6カ所に上った。
 なぜお産ができる場所が減っているのか。原因の一つに産科医不足がある。県は、県内で分娩を取り扱う病院と診療所に、必要と考える医師数と実際の人数を尋ねる調査を毎年行っている。14年度は125カ所から回答があり、県内全体で常勤と非常勤を常勤に換算した必要数750人に対し、実際は655人。95人足りていない。地域差も大きく、川崎市では不足数がとりわけ大きい。
 県内の産科・産婦人科の医師は12年末で722人だが、お産を扱う施設の常勤医師は519人(12年4月時点)で、約200人がお産を扱っていない。
 お産では健康な妊婦でも突然状態が変わる危険が伴う。また何かあればすぐに訴訟につながる恐れもある。こうした背景から、お産には365日24時間態勢が必要だ。他科に比べて医師の負担が大きく、回避される傾向がある。一方で女性医師の割合が高いのも産科医の特徴だ。
 ■若い医師どう確保 技術磨ける拠点病院に活路 こうした中、県は昨年7月、産科医確保のための研究会を立ち上げた。
 公表された報告書によると、リスクの低いお産と高いお産を扱う施設の役割分担の明確化や、リスクの高いお産を担う拠点病院に医師を集約する必要があると提言した。また集約化の実現のためには診療所やその他の病院が、リスクの低いお産に対応できることが前提だとしている。
 座長を務めた県立病院機構の土屋了介理事長は「住民にとって質の高い医療を提供するためには、自治体ごとではなく、地域単位や交通網を考えて進めなければならない」と話す。政策を進める上で「病院も行政も、早い時期から丁寧に住民に説明する必要がある」と求める。研究会では「病院の内情を市民に理解してもらう行政の努力が足りない」と指摘する声もあった。
 また、産科医に占める女性医師の割合が増えている一方で、育児などでお産の業務から離れてしまっていると指摘。こうした人たちへの子育て支援と、同僚の医師が働く環境の改善が求められるとしている。
 横浜市は安定的な医師確保のために、昨年4月に市内3病院を産科拠点病院に指定した。横浜市大と協力し、横浜労災病院(港北区)、市立市民病院(保土ケ谷区)、済生会横浜市南部病院(港南区)に1カ所あたり10人以上の産婦人科医を配置し、医師一人あたりの負担を軽くする。
 市は「魅力的な職場づくりとして若い医師にとっては技術を磨ける場であることが大事。拠点病院にベテラン医師も配置し、多くの症例を経験できる環境を作る」と話す。
 病院で経験を積んだ医師がその後市内で開業するなど、定着してもらうのも狙いの一つだという。
 (及川綾子)


引用元:
足りぬ産科医95人 お産施設、5年で11減 神奈川(朝日新聞apital)