生みの親が育てられない子どもが、新しい親と家族になる特別養子縁組。この縁組で結ばれた家族のもとで育った近藤愛(あき)さん(22)が今春、大学院へ進んだ。多くの子どもが家庭で暮らせる社会を目指し、児童福祉の研究を進める。

 3月20日、愛さんは同志社大学(京都市)の卒業式に臨んだ。福井県から駆けつけた母親の文恵さん(70)は、振り袖姿の愛さんを見つめ、「写真撮る時にポーズする顔、小さい頃から全然変わってない」とほほえんだ。

 愛さんは生後6カ月の時、里子として近藤家に来た。「最初は赤ちゃんという感じじゃなかった」と文恵さん。笑わない。夜も寝付かずに暗闇でじっとしていた。

 当時、近藤家には成人から高校生まで4人の子がいた。年の離れた妹としてかわいがられるうち、3週間後にはキャハハ、と声を出して笑うように。その後、特別養子縁組を結び、法的にも家族になった。

 幼稚園に入った愛さんに文恵さんは、血のつながった親子ではないことを打ち明けた。「他人から言われたら傷つく」と思ったからだ。愛さんが好きだったシンデレラの魔法の言葉を使い、「ビビデバビデブーって、うちにきたんだよ。神様が大切なあーちゃんを下さった。だから、私は愛のお母さんなんだよ」と。

 愛さんは話の途中で「ママなんか大っ嫌い」と逃げ出したが、最後は「でも、ママって呼んでいいんでしょ?」と泣きじゃくった。

 小中学校時代は友達とけんかをしては、文恵さんに怒られた。中学時代には、生母の夢を何度か見た。でも、声は若いのに、顔は文恵さん。「どんな顔だったのかだけでも知りたいけど、出てくるのは全部ママなの」と文恵さんに話し、号泣した。

 児童福祉を学びたい。高校の時、文恵さんに伝えると、「自分と重ねてしまったら正しい判断ができないし、つらくなる」と反対された。それでも「私だから気持ちが分かる。大丈夫」と貫き、同志社大学社会学部社会福祉学科に進んだ。

 養子縁組した子に「真実告知を3歳までにすべきか」をテーマにした授業後、ボロボロと涙をこぼしたこともある。でも、実家を離れて大学生活を送るうちに「私は恵まれている」と感じるように。家族とのふとしたやり取りの中で「このうちの子じゃないからでは」と思ってしまう心のわだかまりは、いつの間にか消えていた。

 今では「母が全力でぶつかってきて、全力で育ててくれたから良かった」と思える。年の離れた姉と「普通のきょうだいげんか」もするようになった。

 最近、「目元がお母さんに似てるね」と言われることがある。照れ隠しに「えー」と言ってしまうが、「自然と似てくるのかな」と愛さんは笑う。

 卒業論文のテーマは「乳幼児期の里親委託体制」。親が育てられない子どもの多くが乳児院などの施設で暮らす日本の児童福祉政策の課題を検証した。

 「ようやく自分で自分を受け入れられたかな」と話す愛さん。多くの赤ちゃんが家庭で暮らせるよう、養子縁組制度の広がりを願い、将来は児童福祉の分野で働こうと思っている。(山本奈朱香)

■里親育ち、海外では主流

 厚生労働省によると、生みの親が育てられない「要保護児童」は2014年で約4万6千人。そのうち8割超が施設にいる。単純な比較はできないが、オーストラリアでは9割が里親に育てられ、英国や米国でも7割超が家庭で暮らすのとは対照的だ。

 厚労省は11年、自治体向けに出したガイドラインで「家庭は子どもの成長、福祉及び保護にとって自然な環境」として「里親委託優先の原則」を掲げた。

 早期委託の必要性も指摘されている。全国の里親を対象にした12年のアンケート(回答1209人)では、1歳未満で子どもを委託された場合は81・9%が「気持ちが通じ合う」と回答したが、6歳以上では51・6%だった。

 調査に関わったNPO法人「東京養育家庭の会」の青葉紘宇(こうう)理事長は、児童相談所職員や里親として多くの子どもに関わってきた。「乳児期に抱っこされたり、ほっぺたをくっつけられたりした経験がない子は、感情の通じ合いがなかなかできず、育て直しに苦労する。(委託は)早ければ早いほど良い」と話す。



引用元:
「ママって呼んでいいんでしょ?」 縁あって、家族(朝日新聞デジタル)