今回の臨床研究では、染色体の本数に異常のある受精卵は子宮に戻さない。自分も患者であるターナー症候群は、性染色体の本数に異常があるため、選別の対象になる。医師として研究を進める意義は理解できるが、まるで自分が殺されるような感覚に陥った。
自分がターナー症候群だと疑ったのは医学部1年生の時。発生学の教科書に、低身長や不妊などが特徴と記載され、胸が膨らんだり、生理が来たりといった通常の性発達がなかった自分にぴったり当てはまった。後に染色体の検査を受けて診断が確定した。子どもができないと知り、恋愛にも積極的になれなかった。
当初は病気のことを隠していたが、今は患者会にも参加し、同僚にも隠さずに話している。私のことを知って、ターナー症候群の娘を持つ母親が相談に来たことがある。その時、母親が何気なく言った言葉にショックを受けた。「分かっていたら産まなかったのに……」。着床前スクリーニングの臨床研究が始まることに対して今、あの時と同じような思いを抱いている。
ターナー症候群の受精卵は確かに流産しやすいが、生まれてくれば社会的には健康な人とほとんど変わらない生活ができる。私は群馬県の重症心身障害児の施設に、小児科医として20年勤務している。乳児から70歳代まで93人を毎日1人で診察する。休日には東京でバレエやコンサートを見てリフレッシュする。日常生活にも特段の不自由を感じたことはない。
染色体異常を理由に、受精卵を一律に選別することには違和感がある。この検査を実用化するなら、受精卵に異常が見つかった時、それを子宮に戻すかどうかは当事者夫婦と相談するなど、個別に対応する仕組みがあっていいと思う。
日本産科婦人科学会が主催した公開シンポジウムにも足を運んだ。もう少し幅広く意見を聞いてから実施してほしいという気持ちと同時に、医師としては不妊に悩む女性が年齢的なことで一日でも早く産みたいと思う気持ちも理解できた。
しかし、社会でがむしゃらに頑張ってきた女性達が、子育てにも完璧さを求めるような一部の風潮には危うさを感じる。着床前スクリーニングでベストな受精卵を選ぼうとする人は、検査では分からなかった障害や病気を受け入れられるのか。
異常を排除するのではなく、多様性を包含しながら共生していく社会に、日本はかじを切るべきだ。多様性のある社会は、ますます増える高齢者にとっても住みやすい社会のはずだ。
受精卵の選別は神に委ねてきた領域に踏み込むことだ。小説でフランケンシュタイン博士は、自分が作った怪物を置き去りにして逃げた。科学技術の進歩は止められないが、作り出したものが独り歩きを始めることを忘れてはならない。
引用元:
着床前検査、期待と懸念(3)異常を一律選別 違和感(読売新聞)