受精卵:1 残った時どうする




 体外受精は、日本で年30万回以上実施されている。成功するのは2割程度なので、何回も試みることは珍しくない。
 子宮に戻す受精卵は基本的に1回につき1個。「毎回新たに作るのではなく、一度に複数の受精卵を作って凍結保存して、それがなくなるまで使うことが多い」と富山大の斎藤滋教授(産婦人科)は説明する。
 赤ちゃんを授かったときや、治療をやめたときに、受精卵が残っていることがある。米国では、病院や養子縁組のあっせん団体などを通じて、子どもを望む夫婦に受精卵を提供する方法もあるが、日本では「親子関係が複雑になる」などの理由で認められていない。
 受精卵をいつまで保存するのか、その後どうするのか。悩んだ末に廃棄を選ぶ人が多いなか、少しでも役に立つならと、不妊症や診断法の研究に提供する人もいる。
 受精卵は日本では「生命の萌芽(ほうが)」と呼ばれる。まだ人間ではないけれど、赤ちゃんになりうる存在という意味だ。その存在をどう受け止めるかは、人それぞれだろう。受精卵が残ったときのことも、夫婦でよく話し合っておく必要がある。
 (竹石涼子)

 受精卵:2 選別、どこまで 着床前診断は、体外受精させた受精卵の遺伝子や染色体を子宮に戻す前に調べる。特定の重い病気に対象を限定せず、全染色体を調べる着床前スクリーニングの臨床研究も近く始まる。
 着床前スクリーニングは流産を減らす効果が期待されている。ただ、必ずしも重症とは言えない障害の可能性もわかる。複数の受精卵のうち、どれを子宮に戻すのか。選別することへの抵抗感を下げるとの指摘もある。東京大の渡部麻衣子特任助教は「障害があっても支援次第で豊かな人生を送れる。その可能性にも目を向けてほしい」と話す。
 今月、東京都内で開かれたシンポジウムでは、難病の人が「卵の段階で廃棄するのはやめてほしい。障害があっても祝福されて温かく育みあえる社会を作ってほしい」と訴えた。
 着床前診断をめぐっては、英国が激論の末、骨髄移植が必要な子どものために白血球の型が合う受精卵を選ぶ「救世主ベビー」も限定的に許可した。親が望む容姿や才能を目的とする「デザイナーベビー」は認めていない。一方、米国はどちらにも規制がない。
 親の希望をどこまでかなえるのか。みなさんは、どう考えますか。
 (竹石涼子)

 受精卵:3 操作に歯止めは 受精卵を「つくる」「選ぶ」から、さらに「つくりかえる」へ――。
 英国は2月末、特定の難病を予防するために受精卵や卵子を操作することを世界で初めて認めた。受精卵や卵子の核を残し、異常なミトコンドリアを含む核の周囲の細胞質を、他人のものとそっくり入れ替える。
 卵子の「若返り」に使いたいと、この技術に注目する産婦人科医もいる。「なし崩し的に広がらないか心配だ」。東京大の神里彩子特任准教授は話す。
 受精卵や卵子は生殖細胞であり、書き換えられた遺伝情報は子や孫へと伝わっていく。3人のDNAを引き継いだ影響は、わかっていない。
 初めての赤ちゃん誕生から36年がたつ体外受精でも、未知の部分がある。人工授精や体外受精では、早産や低体重、成人後に生活習慣病になるリスクが高くなる傾向が、国内の調査で示されている。
 英国の決断は生殖補助医療の壁を越えた。医療は未知への挑戦で進歩してきた。それでも、歯止めはいらないのか。いるなら、どこでかけるのか。決めるのは私たちしかない。
 (竹石涼子)
(朝日新聞 2015年2月17日〜3月10日掲載)

引用元:
受精卵 (1分で知る豆医学) (apital)