仕事に追われ、息子と向き合う余裕がなかった−。川崎市の中学1年、上村(うえむら)遼太さん(13)が殺害された事件で、上村さんの母親が出したコメントに、同じひとり親の人たちから「ひとごとじゃない」と共感の声が上がっている。ひとり親家庭を支援する団体などには事件後、相談のメールや電話が相次いでいる。 (辻渕智之、鷲野史彦)

 母親は離婚後、遼太さんら五人の子どもを育ててきた。二日に弁護士を通じて出したコメントでは「学校に行くより前に出勤しなければならず、遅い時間に帰宅するので、日中、何をしているのか十分に把握することができませんでした」と、後悔をにじませた。

 「うちも子どもとコミュニケーションが取れていない」「これからどうしたら…」。ひとり親の支援、交流を進めるNPO法人しんふぁ支援協会(東京都港区)に事件後、こうした声が多く届く。

 一人息子が春から小学生になる大田区の女性(33)も、協会代表の原貴紀(たかき)さん(41)=川崎市=に相談した。仕事が定刻の午後六時半に終わる日は少ない。深夜残業や出張の際は、両親や母子家庭のママ友に頼る。

 「明日はわが身かと心配。息子は忙しい私に気を使い、言ってもかなわないと分かっていて『さみしい』と言わない。ごめんねと思いながら、でも仕事を頑張らないと生活できない」

 シングルマザーの多くは非正規雇用で、仕事を二つ、三つと掛け持つ。時給が高い深夜や休日勤務を選びがちにもなる。それでも高収入は望めない。

 「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク共同代表の湯沢直美・立教大教授(社会福祉論)は「住宅や教育費の負担は大きく、子どものためにと長時間働かざるを得ず、子どもといる時間が奪われる悪循環が起きている」と指摘。男女の賃金格差を縮める就労環境の改善や、児童扶養手当を増やす必要を訴える。

 「地域や学校の『見守り』にも限界がある」と話すのは、ひとり親支援を行うNPO法人リトルワンズ(杉並区)代表の小山訓久(くにひさ)さん(37)。「先生だけでは対応できないし、民生委員や行政も手が足りない。帰宅が夜になる母親たちには見守りの目が届きにくい」

 リトルワンズは、気軽に相談に訪れることができるカフェを運営し、ネットでも相談に応じる。答えるのは先輩のシングルマザー。小山さんは「今の時代と、それぞれのニーズ、ライフスタイルに合った支援方法がある。NPOや企業、地域が協力し工夫すれば、『見守り』も効果が高まる」と話している。

◆上村さん母のコメント要旨
 遼太は明るくて優しい子で、友達が多く、まわりの大人たちにもとても大事にされてきました。仕事が忙しかった私に代わって、すすんで下の兄弟の面倒をみてくれました。

 学校を休みがちになってからも、きっかけがないと学校に行きづらくなるから、早く登校するように話してきました。ただ、遼太が学校に行くよりも前に私が出勤しなければならず、遅い時間に帰宅するので、遼太が日中、何をしているのか十分に把握することができていませんでした。

 家の中では元気で、学校に行かない理由を十分に話し合うことができませんでした。今思えば、私や家族に心配や迷惑をかけまいと、必死に平静を装っていたと思います。

 事件の日、外に出かけようとするのをもっともっと強く止めていれば、こんなことにはならなかったと、ずっと考えています。

 <母子家庭の就労> 厚生労働省の2011年度の調査では、母子家庭の母親の8割が働き、うち47・4%がパートやバイトで生計を立てていた。平均年収は181万円で、児童扶養手当や養育費などを含めても223万円。働く母親の帰宅時間は18〜20時が39・8%で、20時以降も11%いた。子どもに関する悩みで非行や交友関係を挙げた割合は、上村さんと同世代の10〜14歳の子どもがいる母親は5・6%で、全体より2ポイント高かった。



引用元:
ひとり親 仕事、子育て…悩み ひとごとじゃない (東京新聞)