出産が迫っている女性を自宅から病院まで安全に送り届けるタクシーサービスが広がっている。事前登録すれば優先的に配車を受けられ、緊急時の交通手段を確保しづらい妊婦の不安解消に一役買っている。国や医療機関と連携する動きがあるほか、事業費の一部を補助する自治体も出てきた。


■「お守りのよう」


 「お守りを持っているような安心感があった」。東京都台東区に住む30代の女性は、2人目の子供を産んだ約2年前を振り返る。

 当時、夫と2歳の長男、義理の両親の計5人暮らし。夫と両親には仕事があった。「もし、破水した時に子供が騒いだら……」。1人で長男の面倒を見ながら病院に行けるかが不安だった。

 そんな時、出産経験のある知人から聞いたのが、タクシー大手の日本交通(東京・北)が2012年5月に始めた「陣痛タクシー」だった。




日本交通のサービスには2万件以上の登録があるという
 利用者は事前に自宅の住所や電話番号、出産予定の病院などを登録しておく。オペレーターが24時間、365日待機し、電話を受けると近くにいるタクシーに連絡、優先的に配車する仕組みだ。事前に病院も分かっているので、黙っていても運んでくれる。

 同社の営業台数は約3400台。すべての運転手が出産の基礎や車内での対応について研修を受け、朝礼時にも2週間に一度のペースで安全運転の徹底や妊婦の体調が急変した際の対応の手順を確認する。

 自身も破水した女性を運んだ経験がある千住営業所(東京・足立)の東條辰雄班長は「安全を第一に考え、勝手な判断をしないように心がけている」と気を引き締める。

 陣痛タクシーには既に2万件以上が登録され、利用数も7700件以上ある。同社によると、都内の妊婦の約2割が登録、約1割が利用した計算になる。台東区の女性の場合、配車要請は深夜2時ごろだったが、5分程度で自宅に到着。女性は「名前と病院を確認されただけ。落ち着いて出産に臨むことができた」と満足げだ。

 核家族化や地域コミュニティーの縮小で、夫の仕事中に家で一人きりになったり、身近に頼れる人がいない妊婦は多い。少子化が進む中、女性が安心して出産できる環境整備の一環として、同様のサービスが全国各地に広まりつつある。

 滋賀県の「ゆりかごタクシー」はその一つ。出産後の女性を支援するNPO法人「マイママ・セラピー」(大津市)の提案を受け、県タクシー協会が取り組む。13年10月に大津市を中心とする湖南地区で始め、1年後に彦根市など湖東地区に拡大。これまで1300人以上が登録しており、4月からサービスは県全域に広がる見通しだ。

 運行に先立ち、国土交通省の出先機関や関係自治体、医師会などを交えた検討会を設置した。運行エリアや運転手の研修、登録方法など具体的な議論を進めながら、県ぐるみで取り組む意識を高めてきた。

 マイママ・セラピーの津島玉枝理事は「関係機関が連携して取り組んだケースは全国でも例がないはず」と胸を張る。今後は研修の充実などに力を入れる考えだ。


■自治体が補助金


 静岡県藤枝市は14年度から、運転手の講習費など総事業費の半額、上限25万円を補助している。現時点での対象は「マタニティタクシー」との名称でサービスを始めた志太交通(同市)のみだが、市の担当者は「子育てしやすい街としてPRする意味でも、応募があれば支援を前向きに検討していきたい」(企画政策課)と話す。

 ただ、これらのサービスはいずれも社会貢献的な側面が強いのも事実だ。タクシー会社側は収益源として位置づけているわけではなく、むしろ出産後の子供の健診や買い物、塾や習い事の送迎などへの波及に期待している。

 日本交通の東條班長は「陣痛タクシーの利用を機に、リピーターとして定着してくれる顧客も少しずつ増えてきた」と手応えを話している。


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■高齢者や障害者向けも タクシー業界

 タクシー業界では、妊婦だけでなく、高齢者や障害者に配慮したサービスが相次いで導入されている。

 一般のタクシーと同じ料金で車いすのまま乗車できるユニバーサルデザイン(UD)タクシーは代表例。2012年3月に認定制度が始まり、導入補助や税制優遇措置も設けられ、昨年3月末時点の導入は335社、606台となった。川崎市は13年、地元のタクシー協会と連携し、JR川崎駅に全国初となるUDタクシーの専用乗り場を作った。

 名古屋市を中心に営業するつばめ自動車は昨年4月から、専用の携帯端末を使って急病など緊急時に通話なしでタクシーを呼び出せるサービスを始めた。付属のひもを引くと指令センターに連絡が届き、警備員と市民救急員の資格を持つ運転手が駆けつける。

 同サービスに対応できる運転手は約千人。障害のある利用者がトイレで立てなくなり、通報で運転手が駆けつけたケースもある。



引用元:
妊婦の味方「陣痛タクシー」 緊急時に優先配車 (日本経済新聞‎ )