東日本大震災から間もなく4年になる宮城県山元町で、神戸市須磨区出身の川池知代さん(50)が「復興支援専門員」として、町の復興に尽力している。同市長田区の父の実家が半壊した阪神大震災が活動の原点にあり、青年海外協力隊員の経験もいかして「若い世代が安心して子育てできる町にする手伝いをしたい」と決意する。(編集委員 古谷禎一)
保育所で子どもたちを見守る川池さん(手前右、宮城県山元町で) 阪神大震災が起きたとき、川池さんは同隊員として西アフリカのコートジボワールに滞在していた。長田区の火災の映像をテレビで見て両親に連絡しようとしたが、電話がつながったのは3日後だった。
帰国後、国内各地や海外で災害が起きるたびに「少しでも役に立てれば」と思うようになった。国際協力機構(JICA)で途上国への防災支援、神戸市長田区で震災体験学習のプログラム作成などの仕事をしてきた。
2013年、復興庁などが東北の被災地に派遣する復興支援専門員に応募。同年6月に山元町へ赴任し、保健福祉課すこやか福祉班に配属された。
同町の復興は道半ばで役場も仮設庁舎のまま。震災前に1万6700人あった人口は1万2799人(1月末現在)に落ち込み、過疎と高齢化が進む。
保育所2か所が被災しており、母親らが気軽に集まれる場所や子どもたちが安心して遊べる公園など、子育ての環境整備が課題となる。保育所と児童館、子育て支援センターを統合した施設を16年度に開設する計画があり、川池さんも仮設住宅で暮らしながら業務に取り組む。
神戸を離れ、山元町で被災した人たちと接していて、改めて思う。「阪神大震災でも家族を亡くした人たちの悲しみ、苦しみは決して消えることはない。それを20年が過ぎて私たちは忘れてしまっているのではないだろうか」。神戸の復興とは目指すところもスピードも違うが、「しっかり見つめていきたい」と話している。
引用元:
復興支援「安心できる子育て環境に」 (読売新聞)