女性にとって身近な病、乳がんの発症率が増えている。乳がんを患えば手術の痕を気にして旅を諦めることも多く、友人や家族の気遣いも大きい。

 そのような乳がん患者と家族らに配慮した宿泊環境を整えていくことを目的に、2012年7月、ピンクリボンのお宿ネットワークが発足した。乳がんだけでなく腹部に傷が残る人など「誰にでもやさしい宿や温泉地」を目指すリボン宿ネットの活動を、5回に分けてリポートする。


10月1日に愛知県の湯谷温泉で行われているピンクリボンの日。乳がんを患った人に温泉を無料開放した


 友人がまだ20代の頃(約20年前)、乳がんを患ったお母さんと家族旅行に出かけた時のことを語ってくれた。当時は乳房温存の考え方が今ほど普及しておらず、切除手術を受けた。乳がんを患う前は夕食前に温泉に入っていたお母さんは、皆が寝静まった深夜にそっとそっと温泉につかりに……。お母さんは、その後、別の病気で亡くなった。

 「その時の後ろ姿を繰り返し思い出し、今でも自分を悔やみ、胸がいっぱいになる。どうして自分だけ先に風呂に行ってしまったのか。乳がんに対する自分の知識不足、思いやりのなさが返す返すも残念」と続けてくれた。お母さんは、こう話していたという。「早い時間はお子さんもいるし、大浴場で出会った方に、とまどいや気遣いをさせたくない」。



 日本人の乳がんの罹患率は増加傾向にあり、年間5万人以上、現在12人に1人はかかるとされる病である。国立がん研究センターがん対策情報センターによると、女性のがん死亡数は大腸、肺、胃、膵臓の順だが、罹患数は乳がんがトップ(表1)、死亡率も上がっている。特に40歳から50歳代の女性に多くみられ、45歳から49歳の女性で胃がんと診断されるのは年間で3000人に1人なのに対し、乳がんは1000人に1人と約3倍。しかし、現在の40歳以上の検診率は約20%。行政もクーポンを発行するなどして、割引や無料検診を促している状況だ。

 抗がん剤治療などで一時的に髪の毛を失うなど、心身ともに疲れた患者は、一般社会でストレスに見舞われている人より、なおさら旅に出て癒やされたいと願うのではないだろうか。大手製薬会社が実施した乳がん患者400人の生活ニーズ調査報告書(表2)のアンケートによると、8割の患者が「温泉に行きたくても行けない」ことが悩みだと答えていた。医師や看護師に、どうしたら旅ができるかの相談も多いという。



貸切デーや間仕切り洗い場〜お湯に癒やされる多彩な工夫




上諏訪温泉RAKO華乃井ホテルの間仕切りのある大浴場。乳がん患者にはありがたい


 「諦めないで」。旅行・宿泊関係者が立ち上がったのは3年余り前のことだ。乳がんの早期発見や受診の推進、治療の大切さなどを訴える世界規模の啓発活動ピンクリボン運動にちなみ、ピンクリボンのお宿ネットワーク(略称:リボン宿ネット、事務局・旅行新聞新社)を組織化した。現在の宿の会員数は105軒(2015年1月10日現在)である。このほか、女将おかみの会や企業など27団体が加盟している。

 リボン宿ネットは、細かい決めごとなどなく、宿泊施設それぞれの創意工夫にゆだねている。

ツアーでは、朝食後にブラジル音楽にのせて歌ったり体を動かす、ヒーリングパーカッションを行うことも


「自然の中で大きな声を出すのでストレス解消になります」と八寿恵荘・カミツレ研究所代表北條裕子さん


 例えば、長野県渋温泉の湯本旅館では、毎月第3金曜を「ピンクリボンの日」に設定し、乳がん患者のために宿を貸切にしている。栃木県鬼怒川温泉の湯けむりまごころの宿 一心舘の「ピンクリボンの宿泊プラン」では、さまざまサービスがある中、速乾性があり、傷隠しにもなる今治製タオルの特典も入っており工夫を感じる。

 宮城県作並温泉の鷹泉閣岩松旅館では、年2回春と秋に1日ずつ乳がん経験者とそのパートナー限定の「全館貸切ピンクリボンデー」を実施する。気兼ねなく湯につかれるよう、大浴場や脱衣場に工夫を施し、夕食には養生に配慮したメニューを用意する。温泉施設以外でも、長野県池田町にある、カミツレ(ハーブのカモミール)エキスたっぷりの湯に入れる宿、カミツレの里 八寿恵荘を経営するカミツレ研究所北條裕子さんはこう話す。

 「ここを人と人が触れ合う場所、訪れた方が元気になる場所にしたい。里山で疲れやストレスをリセットしてもらいたい」

 ここではファームステイや農業体験のほか、乳がん患者向けの宿泊プランなども開催している。

 個別の活動は次回以降に譲るが、取材を通して見えてきたのは、宿はやはり癒やしの場であるということだ。乳がん患者さん同士の会話を聞いていると、昔の湯治場を思い出す。人との出会いの場であり、元気を与えてくれる場である宿の姿。次号は、ピンクリボンのお宿ネットワークの設立とその目的についてお伝えする。


引用元:
乳がんを患っても温泉へ(1)諦めないで、旅に出て(YOMIURI ONLINE)