体外受精した受精卵のすべての染色体を調べる検査が、臨床研究としてこの春にも始まる。「不妊治療に朗報」という期待の一方で、「命の選別を加速するのでは」という慎重論も根強い。2人の医師の意見を聞いた。

■高齢化、流産防ぐ意義大きい
福田愛作さん(産婦人科医)
ふくだ・あいさく 50年生まれ。IVF大阪クリニック院長。日産婦「PGS小委員会」委員。米国での不妊治療にも長年従事。現在、年間2千件以上の体外受精を実施する。


 日本産科婦人科学会(日産婦)は昨年12月、着床前スクリーニング(PGS)の臨床研究を始めることを承認しました。体外受精で得られた受精卵のすべての染色体を調べる検査です。
 染色体数に異常があり、流産する可能性の高い胚(はい)(細胞分裂して発育が進んだ受精卵)を除いて、正常な胚だけを子宮に戻す「胚移植」ができます。「いつから可能か」「私も検査してもらえるの」という質問を多くの患者さんから受けています。
 私の経験した例で、2回妊娠して2回とも染色体数の異常で流産に終わった、40代の患者さんがおられました。凍結した胚が残っていたので「次はいつ子宮に戻しましょう」と聞いたら、「流産が怖い。検査をせずに戻したくない」と答えられました。当院でも技術的には可能だったのですが日本ではその検査は許されていません。お断りしたところ、その患者さんは不妊治療を終了されました。
 体外受精に携わる医師の主な課題はいま、高齢の患者さんへの治療に移っています。私の病院の初診患者平均年齢は2004年に32.7歳。13年は36.3歳です。初診のうち40歳以上の割合も、10年間で8%から29%に増えました。
 女性の年齢が高くなれば卵子の染色体異常率も高くなり、必然的に染色体異常のある受精卵の割合が増えます。流産や死産につながる可能性が高い受精卵を見分けることが検査の最大の目的です。流産率低下と、胚移植後の妊娠率向上につながると考えられます。

中絶より負担減 すべての染色体を調べることから、流産につながる染色体異常だけでなく他の染色体異常による病気がわかり、「命の選別につながる」という意見があります。日産婦の理事会承認までの議論も、こうした意見を尊重しながら進められました。今回始まる臨床研究では、受精卵検査の有効性を科学的に検証し、有効性が確認されれば倫理面をさらに検討して、本格的な導入を考えることになります。
 日本でも既に、胎児の様子を調べる超音波検査や羊水検査、絨毛(じゅうもう)検査は一般的に実施されています。また、一昨年からは妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断が始まりました。導入から1年間の経過をみると、陽性と判定されて異常が確定した人のうち、97%が人工妊娠中絶を選んでいます。
 受精卵検査は妊娠前に異常を見つけることができ、中絶を選ぶより体や心の負担が少ないといえる。多くは中絶を伴う新型出生前診断は認められ、中絶を必要としない受精卵検査は許されないのは整合性がとれないと思います。

血縁重視の日本 日本で体外受精で誕生する子どもはいまや全出生児の27人に1人。体外受精件数は世界最多で、技術も世界最高水準とされる「不妊治療大国」です。その不妊治療の一環として、受精卵検査は日本以外では一般的に実施されていますが、日本ではその技術を使うことの制限や禁止のため、世界から取り残されているといえます。
 また、卵子提供が許されない日本では、40代後半でも自分の卵子で体外受精をせざるを得ず、これも流産が増える要因です。「血縁」を重んじる日本ですから、卵子提供が可能でも多くの人に受け入れられるかどうかは疑問ですが、こんな事情があるからこそ、受精卵検査の意義はより大きいとも思っています。
 社会や家族のあり方が大きく変わる一方で、血縁重視など、なかなか変わらない伝統的な考え方もあります。その中で、科学技術の進歩による恩恵を世界の人々と同じように日本の不妊患者さんも受けられるのは当然だと考えます。
 すべての不妊患者さんに検査実施を、といっているわけではありません。希望する患者さんには、検査を受ける選択肢があってもよいのではないでしょうか。
 技術がさらに進歩すれば流産予防だけでなく、例えば卵巣がんになりやすいかどうかなど、様々な遺伝情報を知る可能性があります。次の段階ではそんな情報の取り扱いについての議論が必要になってくるでしょうが、まずは目の前におられる不妊患者さんをなんとかしてあげたいというのが私の希望です。
(聞き手・合田禄)

■個人で選択できる環境必要
宇井千穂さん(障害がある娘を生んだ医師)
うい・ちほ 69年生まれ。北里大医学部卒。客室乗務員を経て、2010年に医師に。現在は皮膚科医として働いている。著書に「18トリソミーはるの」。


 はるの(郁乃)は2年前、「18トリソミー」という疾患と共に生まれました。不妊治療の末、43歳にして初めて授かった子です。 
 ふつうは2本の18番染色体が3本ある。それが18トリソミーです。心臓や肺などに重い障害が出るほか、様々な発育異常が出て、1歳までに90%が亡くなるとされます。はるのも昨年4月、1歳3カ月の生涯を終えました。
 たとえ障害があっても育てようと思っていましたが、「自分の子どもの様子を知りたい」という気持ちが強く、羊水検査の予約をしました。でも検査日に出血があったので中止しました。
 はるのの異常がわかったのは妊娠27週のとき。超音波検査で18トリソミーの可能性を指摘されました。その瞬間、「怖い」と思いました。どれぐらい障害があるのか。どれぐらい生きられるのか。我が子の見えない将来への恐怖だったと、今にして思います。
 1週間後、871グラムの小さな赤ちゃんが生まれました。育ちきっていない胎児がそのまま出てきて管がいっぱいつながれている。「先生、寿命はどれぐらいでしょう」と聞くと、「1カ月」という答えが返ってきました。「私がいない間に死んじゃうかも」と思い、ずっとベッドから離れられなかった。
 かわいそう、ごめんなさいとばかり思っていました。

唯一無二の存在 それが2カ月後、初めて両目を開けて、澄んだ黒目で私を見つめたのです。その瞬間、私は恋に落ちました。
 はるのはとにかくかわいくて、一緒にいるだけで幸せだった。子どもが病気になったからといって、愛情が変わる親はいませんよね。はるのは最初から病気だっただけです。もちろん、延命治療でつらい思いもたくさんしました。でも私の顔を見て、笑顔を返してくれる。抱っこで泣きやむ。お互いが唯一無二の存在でした。
 もし私が出生前診断や受精卵検査を受けたら、はるのには会えなかったかもしれません。今、再び不妊治療を受けていますが、もし受精卵検査を受けることができたとしても、受けません。子どもに障害があっても、その存在だけで幸せな気持ちになることを、はるのを通じて知っているからです。
 けれど、ほかの人にも同じ選択を強いるつもりはありません。病室の隣のベッドに、一度も見舞いに来ないお母さんがいました。看護師さんに理由を尋ねると、「来ないことになっている」という。
 そのお母さんは子どもの人工呼吸器を抜いて、心中を図ろうとしたそうです。それを聞いたとき、私は自分を恥じました。それほど我が子の病気に苦しんでいる母親がいることを、わかっていなかったのです。

治療法の一つに 今の時代、仕事をしながら子どもを産もうと思ったら、40歳近くになってしまいます。受精卵検査の技術が進んだことも、不妊に悩む女性が増えていることが背景にあるのでしょう。18トリソミーは根治につながる治療法がありません。それならば検査で病気を取り除くという考え方も治療の一つになる。私も医療者なので医療技術の発展自体は大歓迎です。
 ただ、染色体に異常のある受精卵の排除と「命を選別する」という言葉とを単純に結びつけることには反対です。「命の選別は許されるか」と聞かれ、「はい」と答える人はまずいないはずでしょう? 子どもの看護が大変なお母さんは、子どもではなく疾患に苦しめられているのです。だからその苦しみの原因を除こうとすることは非人道的ではない。そんな考えを共有できればと思います。
 当然のことながら、この検査を医療機関には商売道具として使ってほしくはありません。また命にかかわらない病気を調べることや、容貌(ようぼう)を選別する目的で行うことにも反対です。でも、検査を受けたいと思う人が後ろめたい気持ちを持たずに、個人の選択として決断できる環境が必要でしょう。
 あなたの身近な人が受精卵検査を受けたいと考えたなら、その選択を尊重してほしい。妊娠や出産をめぐる医療の進歩が人を幸せにするためには、社会の意識が変わっていくことも大切ではないでしょうか。


引用元:
《耕論》 受精卵を調べる 福田愛作さん、宇井千穂さん( asahi.com‎ )