心身ともに負担が大きいとされる不妊治療で、精神面でのケアに関心が高まっている。いつまで治療を続けるか、どこまで高度な治療に踏み出すか。悩みや不安を打ち明けられない女性は多い。同じ立場や経験者同士で気持ちを分かち合ったり、専門家が耳を傾けたりする場も増えてきた。

 大阪府和泉市の主婦(41)は不妊治療を始めて3年になる。26歳で結婚した年に流産。それから妊娠せず、38歳の時に地元の不妊専門クリニックで体外受精を始めた。

 治療は心身ともに負担が大きい。治療は半日がかりもざら。治療費の負担が大きいため働くことも考えたが、医師から「明後日に採卵します」と言われることもあり断念した。


■SNS通じ交流


 体外受精による受精卵を子宮に戻す胚移植を2回したがうまくいかず、1年後に治療先を変えた。3年弱の間に採卵を16回、胚移植を10回したが、妊娠に至っていない。この間、治療費は公的な助成を除き500万円を超えた。




NPO法人ファインは不妊治療の悩みを話し合うイベントを開いている
 「可能性がゼロでない限り続けたいが、蓄えを崩しても結果が出ないとなると続けていいものか……」。当初は治療内容を医師や看護師に尋ねることもできず、悩みを打ち明けられる友人もいなかった。

 そんなさなかに頼ったのがインターネットのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。ネット上での出会いをきっかけに、食事会などを通じて治療仲間と実際に交流を重ねる中で、不妊体験者を支援するNPO法人「Fine(ファイン)」(東京・江東)に出合った。

 ファインは、ネットや電話を通じて不妊体験者の心理面のサポートをしている。理事長の松本亜樹子さんが04年に立ち上げた。不妊についての勉強会やイベントを各地で開く。


■声を社会に発信


 昨年12月に東京都内で開催した「おしゃべり会」と題したイベントでは、専門医やカウンセラーが治療の知識や心構えについて講演。その後6〜8人のグループに分かれ、悩みなどを打ち明け合った。

 松本さんも不妊治療経験者だ。処方される薬の詳しい説明がなかったり、医師に検査の結果を聞いても「見せられない」とむげに断られたりした経験を持つ。「昔に比べて治療についての相談はしやすくなったが精神的ケアまではなされていないのが実情」と指摘。孤独になりがちな治療者の交流に加え、カウンセリングの必要性や病院への不満など当事者の声を集め、社会に発信しようと団体を設立した。

 メンバーは約1650人。年齢は30代が中心で40代もいる。治療中の女性だけでなく、これから治療を考えている人や、すでに治療をやめた人もいる。最近は電話相談やイベントに1人で参加する男性の姿も。松本さんは「持って行き場のない悩みを明かせる場でありたい」と話す。

 和泉市の主婦はイベントなどに参加するうち、「悩みを打ち明けられる友人ができ、情報を交換できるようになった」という。「一人で悩みを抱え交流を求めている人はたくさんいるはず。相談の場がもっと広がれば」と期待する。


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■専門家と和やかに 岐阜のサークル

 「病院変えてもいいかな」「合わないなら変えていいのよ」。昨年12月、岐阜市にある県の公共施設「ふれあい福寿会館」内の一室に明るい声が響いた。集まった3人は不妊治療中や治療経験者の女性だ。

 週一回開かれるサークル「れんげそう」は、女性らが不安や悩みを話す場だ。表情に深刻な様子はなく、お菓子を食べながらのリラックスした雰囲気に包まれている。

 会を主催するのは、体外受精などで精子や卵子、受精卵を扱う専門家エンブリオロジスト(胚培養士)だった後藤淳子さん(67)。2006年、仲間と一緒にボランティアで始めた。情報に惑わされず、不妊や不妊治療について考えるのがサークルの目的だ。年に延べ約180人が参加する。

 この日参加した3人は、不妊治療をやめた40代、治療中の30代、治療をするつもりがないが子供が欲しい30代。互いに名前も年齢も聞かないのがルールで、天候や選挙の話題も交えながら、3時間ほどおしゃべりが続いた。

 話題の中心は、治療中の女性が排卵誘発剤の内服薬を飲み続けるかどうかの相談だった。後藤さんは「不定期でも生理があるなら飲まなくて大丈夫」とアドバイス。相談した女性は「来てよかった」と吹っ切れたような笑顔をのぞかせた。

 後藤さんは「治療で心身のバランスを崩し不健康になる女性が増えている」と指摘する。「治療に疑問を感じる女性の声を受け止め、子供が授からない生き方も認められるサークルでありたい」と話す。

(近藤佳宜)



引用元:
不妊治療、精神面をケア 悩み共有・相談の場広がる (日本経済新聞‎)