望まぬ妊娠を避けるために、江戸時代の女性はどう自分を守ろうとしていたのでしょうか?
特に遊女たちにとって、妊娠は大きな問題でした。なぜなら妊娠期間中は、遊郭でのお勤めが出来ないからです。華やかな世界に生きているように見えて、彼女たちは家族の借金のカタとして、売られてしまった身の上でしたから……。
江戸時代にも避妊具、とされるものはありましたが、一般的には、御簾紙(みすがみ)という特にやわらかく、薄い和紙を折り畳んだものを女性器の中に偲ばせたりしただけでした(生理時のタンポンも、この御簾紙でツメモノをしました)。当然、効果は未知数、というか当てにはなりません。
避妊薬も市販されていましたが、たとえば「天女丸(てんにょがん)」は避妊作用のほか、なんと妊娠促進作用もあると謳っており、飲み手の希望を薬が聞き分けてくれるものか、という疑問は当時からあったと思います(苦笑)。
しかも、そんなインチキ薬なのに、現代の価値で3千円程度もしたのですから、ビックリです。他には「朔日丸(ついたちがん)」という錠剤にも人気がありました。毎月1日に飲むだけで避妊効果がある、という効能書きを信じれば、現代のピル以上に高性能薬です。まぁ、残念ながら、実際の効果は期待できませんでしたが。
妊娠が発覚してしまった遊女は、多くの場合、「中条流(ちゅうじょうりゅう)」の看板をかかげた、不衛生かつあやしげな堕胎医に通い、命がけの手術を受けたりせねばなりませんでした。なかには毒を飲んだり、なんとゴボウを女性器から深いところまで差しこみ、流産を促進させるなんて場合まであったそうですよ。考えるだけでも恐ろしい……!
遊女たちの完全確実な避妊テクニックは、流産を繰り返し、二度と妊娠できない身体になることだったというから、身震いせざるをえません! つくづく、現代に生まれてよかったと思えますよね〜。
なお沖縄の遊郭街、那覇の通称「辻」などでは、「ジュリ」と呼ばれた遊女たちがお客の子を妊娠しても、積極的に祝福する文化があったようです。多くの場合、父親がわからない子どもではありますが、それでも「みんなの子ども」として大切に遊郭関係者たちの手で育てたそうです。
遊郭で育った子どもたちも、大抵の場合、将来遊女になるか、あるいは遊郭関係者にならざるをえませんが、それでも今回ご紹介したエピソードの中では、ちょっとホッとさせられるお話のように思えるのです。
引用元:
【避妊事情】望まぬ妊娠を避けるために、どう対応してる? 遊女の壮絶な避妊テク(GT News)